地酒紀行5 地元密着の酒造り 武勇

武勇のラベル

 私のような門外漢が酒造りに関する蔵元の考え方や実力を云々するのはおこがましいが、自分なりの判断基準として、その蔵の普及酒(級別審査があった時代の、いわゆる2級酒)に注目している。普及酒で良い味を出している蔵は信頼できると思うのだ。

 「開運」「鷹勇」「群馬泉」「磯自慢」など、私が惚れ込んだ蔵元は、おしなべて普及酒がうまい。のみならず、蔵の個性が、その味にしっかり出ている。「開運 祝酒」の香味と飲み口の良さ、蔵内酵母が独特の風味を醸す「磯自慢 しぼりたて本醸造」など、日本酒の醍醐味を感じさせる名酒揃いだ。
建物正面  「武勇 糖類無添加仕込」も、うまさと個性が際立つ逸品である。初めて飲んだのは9年ほど前。米の旨味とふくらみがあり、その味と、1升1,600円程度(当時)という価格の落差に驚嘆したものだ。私は、たくさんの地酒を体験したい質なので、特定の蔵元の酒を集中して飲むことが少ないが、「武勇」に関しては、1995年末からの1年間で約10本を立て続けに飲んだ。これは唯一無二の経験である。
 先日、家族旅行を計画していて蔵元見学を思い立ち、インターネットで検索したら、武勇の蔵元が見学OKと知り、早速電話で予約した。お邪魔したのは8月23日、午後2時から1時間ほどであった。

 案内してくださったのは、蔵人のKさん。夏休み中だったそうだが、私のような素人のためにわざわざ出社していただき、恐縮した。
山田錦の米俵 最初に見せていただいたのは、酒米保管倉庫。9月からの仕込を控え、兵庫県山田錦が積まれていた。青い線が入った米俵だ。年々、山田錦の使用比率が増加しているとのこと。さすが武勇さん、品質の向上に余念がない。
 次に、縦型精米機を見学した。大吟醸酒用に40%の精白をする場合、約2日かかるそうだ。

 板壁に、申し送り事項を書いた黒板や、ベルト交換の予定などを書いた紙が貼られていた。そこに「楽をしすぎると楽になれない!」「本当の楽は楽をしないこと!」という標語が…。これは、厳しい酒造りの仕事にくじけないように、蔵人が自らを励ます決意の言葉なのだろううか。武勇は杜氏が蔵人を統括するという体制をとらず、5人の蔵人が協力して酒造りを行っているそうだ。
 次に案内していただいたのが洗米・蒸し米を行う部屋。洗米用のステンレス桶がたくさん並んでいた。

f:id:konjac-enma:20200204121744j:plain 左の写真は蒸し米用の甑だ。この左側の地面の高さに釜があり、地下からガスを通して米を蒸し上げる。上原浩さんの著書「純米酒を極める」では、「一に蒸米、二に蒸米、三に蒸米」と、蒸しの重要性を強調しているが、武勇で蒸し米を担当するKさんも、甑に入れる米の加減や、蒸気が抜けてからの蒸し時間の取り方など、繊細な作業の難しさを話してくださった。
 一定の温度に管理された貯蔵庫には、たくさんのタンクが並んでいた。

 武勇の仕込水は超軟水で酒の発酵が遅いため、じっくりと育てなければならないが、そのおかげで味がふくらみ、旨味のある酒が出来上がるそうだ。また、味が乗ってくるまでに時間がかかるので、最低1年貯蔵庫で寝かせてから出荷している。そして、専務の方針として、炭素濾過は一切行っていないとのことだった。良い酒を造るためには手間暇を惜しまないという一徹の姿勢が貫かれており、なるほど「武勇 糖類無添加仕込」がうまいわけだと納得した。

 武勇の職員は15名、そのうち5人が、酒造りに携わる蔵人だ。皆さん地元の方で、年間雇用だから、地元振興に一役買っている。出荷量は900~1,000石で、その多くは地元で消費されているそうだ。
 ぶしつけな訪問にもかかわらず笑顔で迎えていただき、的はずれな質問にも優しく答えてくださった、Kさんをはじめ職員の皆さんに感謝。
 地元に愛され、量より質の酒造りを続ける武勇のご発展をお祈りしたい。

<2004年9月1日記>